お侍様 小劇場

   “春のうららの…” (お侍 番外編 46)

 


 時折冷たい雨が降りもするが、それももはや“寒の戻り”と呼ばれる代物。いよいよの春の到来を示すよに、朝晩の定時のニュースでも、花粉の飛散情報と並行して、桜の開花情報を知らせてくれる頃合いとなった。そして、

 「シチさん、こんにちは。」
 「おや、ヘイさん。」

 昼下がりの島田さんチのリビングへ。仲のいいお隣りさんが、ラップで蓋した鉢を手に。勝手知ったる何とやら、庭を横切るという少々ずぼらな訪問を敢行して来た模様。

 「ゴロさん特製、いかなごの釘煮ですよ。」
 「わあ、もうそんな頃合いですか♪」

 厳密に言うと、まだまだ出初めではありますが、それでも神戸の知り合いが、獲れたてを10キロばかり送って来たので、
「ゴロさんが甘辛しょうが風味に煮てくれましたvv」
「そういや、いい匂いがしてましたね。」
 神戸や淡路島などなどに春を告げる名物が、この“いかなご”という稚魚を佃煮風に煮つけたもの。外観からか“クギ煮”というのが通り名で、地方の親戚へとおすそ分けする人も多いので、この時期になると、タッパウェア込みのセット料金表を記したチラシが、郵便局や宅配業者から配布されるほどだとか。車輛搬送用の大型トレーラーでも余裕で運転してしまう、ごつい風貌からは少々想像しにくいが、実は料理上手な五郎兵衛殿で。二人では食べ切れないほども作るそれ、毎年島田さんチへも分けてくださるお二人であり、
「これがまた、炊き立てご飯のいいお供なんですよねvv」
「あ、判りますよ。」
 濃いめの飴色に仕上がった、美味しそうな佃煮の鉢を受け取り、ささ どうぞ上がってくださいなと、リビングへといざなえば、

 「…。」
 「おお。久蔵さん、お邪魔しますね。」

 陽あたりのいい広めのリビングには、春休み中の次男坊が同座していて。庭に向いてる壁面の出窓の下、埋め込みになってる小ぶりなソファーに腰掛けてた彼の、綿毛のような金髪が、春の陽光を吸い、淡い色合いますますと、けぶるようにしているのが何とも綺麗。終業式は来週だそうだが、期末考査も既に済んでの試験休みに入ったということで。つまりは春休みも同然だろに、相変わらずに、母上大好きな彼のこと。どこかへ出掛ける予定も立てぬまま。綺麗で優しいおっ母様に うっとり見とれ、お手伝いに勤しんだり、構っていただいたりという、至福の春を堪能中であるのだろう。

 “こうまで麗しのイケメンだってのにねぇ。”

 玲瓏透徹、白皙の美青年とはこのような人を言うのだろと、誰もが納得するだろう、それはそれは透明感あふるる風貌をした高校生。若木のように伸びやか撓やかな肢体に、頬骨のまだ立たぬ、すっきりとした細おもての美丈夫で。軽やかな金髪に、赤みの強い不思議な双眸。すべらかな頬や細い鼻梁、肉薄だが確固たる意志を秘めてのきゅうと引き締まった口許…と。スムースジャージか、なめらかな素材のパーカーをジーンズに合わせた、ざっかけない恰好をしていても、何ともすっきりとして見える、モデルか芸能人のような美貌の君ではあるけれど。夢見るような外見とは裏腹に、寡黙で無口で愛想を知らず。剣道に打ち込んでいるため、礼儀はきっちりわきまえてもいるが、いわゆる“今時の話題”に疎いため、交友関係も、ともすれば皆無に等しい、不思議な高校生だったりし。頼りなくはないけれど、そんなことでは社会に適応出来ないぞと、引き回してくださる先輩には恵まれているので、案じなくとも大丈夫ですよ…とは、彼を猫かわいがりしている母上の見解なので。……鵜呑みにしてもいいのかどうか。
(笑)

 “ま、久蔵さんの、他はどうでもいいとする気持ちも判らないではありませんが。”

 友達も要らぬ、遊びにと外出する気も起きないと、そうまでなるほど大好きなおっ母様というのがまた、そりゃあよく出来た人物で。家事もこなせりゃ気配りも完璧、本格的な槍術・体術も身につけた、身ごなしも機敏な、歴
(れっき)とした男性だというに。やや切れ長の目許には光を集めたような青い双眸を据え、真白な頬はすべらかで。しっとりとした重みのある金の髪は、うなじに束ねているのをほどけば、くせのないまま さらさらと流れるたび、本当に金を練り込んであるかのように、涼やかな音がしそうな美しさ。久蔵殿の冷然とした麗しさに比べれば、暖かな印象のする、嫋やかな風貌をしておいでで。初見の人からもすぐに好かれるのが、家人の二人には、少々痛し痒しなところでもあるらしいとは、

 “ご本人だけが、気づいていないのでしょうねぇvv”

 自覚がないから尚更に、罪なお人ですよねぇ…と胸の裡
(うち)にて苦笑をしつつ。勧められるまま、ソファーへと腰掛ければ、
「おや珍しい。」
 どうやらワイドショーを放送していたテレビを見ていたらしくって。だが、こういう時間帯ともなると、丁度家事の手が空いた奥様目当ての、芸能ネタなぞ扱われているもの。そういう話題には全く関心がない彼ではなかったかと、意外に思ったらしい平八へ、

 「有名シェフの一工夫っていうコーナーがあったんですよ。」

 成程、テーブルには目玉クリップで束ねたメモが置かれてあり、今日はエビチリだったのか、エビは殻つきのまま背開きして茹でると、バサバサにはならない…などという走り書きが並んでる。シチさんなら、もう十分にお上手じゃないですかと、少しほど呆れたように言う平八へ。なに言ってますかと、メモやペンを片付けながら言い返す彼であり。

 「まだまだ、作ってみたいけど勇気の出ない品は一杯ありますからね。」

 イトヨリの空揚げに甘酢あんをかけたのとか、なんて。くすすと微笑って整理棚へとそれらを収める彼の、間近になった腕へと触れたのが。そこが定位置なのか、ソファーから動かずにいた久蔵で。んん?と手を止め、小首を傾げた七郎次へ、

 「…。///////

 棚の中ほど、筆記用具をまとめた段へ、運んで来たもの収めるためにと延べられた腕は、暖かな日和に合わせたものか、短い襟のシャツに重ねた、浅い薄紫のカーディガンにくるまれており。その淡彩に溶け入ってしまいそうな白い手が、やや切なそうにたわめられた赤い双眸が、遠慮気味だった七郎次の発言を“そんなことはない”と、やっぱり窘めているらしい。

 “…と、判るようになった私も大したもんですよねvv”

 そんな把握を持って来られるようになったこと自体、何年も前から付き合いがあるって訳じゃあない、つい最近加わったクチな久蔵殿の、それは口数少ないコミュニケーションにも、すっかり慣れてしまった証し。いつ拝見しても、何とも かあいらしいご家族で、今日もまた、ゴロさんへと話してあげるネタが拾えてしまったと、日頃からも笑みにたわめた目許を、尚のこと やんわり細めておれば、

 【 さて、先日 破綻が発覚した女優の〜〜】

 テレビがそんな話題を紡ぎ始めて。あらあらと少々困ったような苦笑を浮かべた七郎次、平八へ目顔で会釈をしつつ、リモコンを操作し、この時間帯は地方の話題を扱っているNHKへとチャンネルを変えた。芸能人スキャンダルに関心がないのは、平八にしても同感で、

 「放っといてやりゃあいいのにねぇ。」

 誰が離婚しようが熱愛になろうがと、食傷気味なお顔をして見せる。そうですよねぇという、お返事が遠くなったのは。いただいた小鉢を仕舞いにと、お隣のキッチンへ向かった七郎次だったらしく。そのまま引き返して来たような速やかな間合いだったのに、その手には茶器一式を載せたトレイを持参していて。再びその間際を通った久蔵へも視線を向けて、おいでなさいとの合図を振れば、

 「…。(頷)」

 こくりと頷き、一緒にお茶をと立って来る素直さよ。横に長くてやや大きめの、深みのある黒塗りのトレイには、煎茶の茶筒に急須と湯飲みと、三笠風のおまんじゅうと しょうが風味の焼き菓子が盛られた、大ぶりの菓子鉢。それらをテーブルに置き、続いてポットをと振り返りかかったその先で、先にキッチンへ取って返したのが久蔵で。何も言ってはないし、もてなしへの慣れもないはず、平八には、何が足らぬか判るようには思えなかったが。沸騰ポットじゃあなくの、恐らくはそういう時間を見越して沸かしていたらしいケトルを、鍋つかみつきで持って来た彼だったので。失礼ながら、おおおとひとしきり感動してしまう一幕だったりし。
(苦笑) そのまま午後のティータイムに突入しつつ、話題になったのが、ぎりぎり彼らの耳目に触れてた誰かさんの破綻報道。それ自体には やはり関心などなかったけれど、

 「…そういやシチさんて。」

 破綻の要因といえばという連想を招かれたものか、平八がふと、口火を切って訊いたのが、

 「勘兵衛さんにも ここだけは譲れないってことありますか?」
 「はいぃ?」

 唐突なことを訊きますねと。個別包装の封が上手に解けない久蔵へ、三笠をくるりと剥いてやりつつ、七郎次がやや素っ頓狂な声で応じたが、
「いえね、私とゴロさんでは、物の収納というか使い勝手への感覚が微妙に違うようでして。」
 平八が、こんな折の話題にしちゃあ、ちょっとばかり居住まい正して語り始めたのが、昨日ちょこっと口喧嘩になりかけたという、彼らの間での“見解の相違”のお話。

 「私、作業に没頭すると、
  ついのこととて工具を床に散乱させることが多いんですよね。」
 「はあ。」
 「でも、それって意味のある配置なので、弄られたくはないんですのに。
  何度言ってもゴロさんたら、
  戸口の方からとか、端の方からとか、勝手に片付けてっちゃうんですよね。」

 ついつい踏んづけて すてんと転んだら危ないだろうと、そんなことを言うものだから。ちゃんと把握して置いてるんですといつもいつも言うのですが、いつもいつも、懲りずに勝手をしてくれて。
「第一、ゴロさんだって、そうそう几帳面に片付けてるほうじゃあない。料理中なんて、自分でもお玉や菜箸を見失うほど、取っ散らかす人なのに。」
 短冊型の焼き菓子を、ほいっとお口に放り込み、ぷんぷんと頬を膨らませる彼だが、

 “それでも、
  そんなゴロさんが作った佃煮、誇らしげに持って来たんですよねぇ。”

 かわいい人だなぁと、今度は七郎次の側がこっそり苦笑をこぼしていたり。
(笑) そんな内心を見透かされたか、ちろりんと視線を上げた平八だったので、あわわと焦って訊かれたことへの答えを探すが、

 「…う〜ん、どうだろう。
  勘兵衛様はあんまり手を焼かせるお人じゃありませんし。」

 それに、そうそう頑迷でもないしと、思い当たる節がなかなか浮かばぬ様子を見せる七郎次だが、

 “……無い訳でもなかろう。”

 こちらは久蔵殿のこそりとした感慨。勘兵衛からの思い入れへは、いつもどこかで頑なな顔をするお人のくせにと、意外なほどの頑迷さへ思いが及びはしたけれど。そんなことを言えるはずもなくての、ぱくついた三笠でお口へ封をして黙っておれば、

 「好みが違うものとか、ない訳じゃありませんが。
  それにしたって譲れないってほどじゃあありませんしねぇ。」

 勘兵衛様も、何をどこに仕舞っているのかが判らずに、片っ端から散らかしてくれたりしますし。一体いつ使うものなやら、着るものやら小道具やら出しっぱなしにしていることもありますが。それでも、いちいち片付けなきゃ落ち着けないとまでは思わないし…と。そんな風に続ける彼へ、

 「…シチさん、さりげなく夫婦仲のよさをひけらかしてませんか?」
 「なっ、何が“夫婦仲”ですかっ。///////

 途端に過敏な反応が返り、その下へ光を沈めているかのような白い肌へ、気のせいだろうか、仄かに赤みが差して見えたほど。ムキになったと同時、ちらりと久蔵のほうへ視線が来たのは“多感な子供がいる前で”という意味合いからの含羞みだろか。そんな態度へは、平八のみならず久蔵までもが、半眼になっての呆れてしまったほど。

 「…にしても、本当に一つもないんですか? 譲れないもの。」
 「ない…みたいですね。」

 本人が言ったように、気性や物の考え方など、年の差もあるのだからまったく同じな筈はないだろに。それでも思い当たらぬということは、どれだけ勘兵衛へと合わせている彼なのかも偲ばれるということとなる。それにさえ気づけないでいるのだから、相変わらずに妙なところが天然の幸せ者さん。ここに勘兵衛がいたならば、やっぱり先に上げた例外はさておくとしても、さすが我が連れ合いよと満足げなお顔をしただろか。七郎次がよく出来た“妻”であること、何よりも自慢としている勘兵衛だから。さぞかし目尻を下げての、相好崩しまくりとなるのだろうななんて。シチが褒められるのなら喜ぶべきかな、でも何だかちょこっとムッともするけどと。やや複雑な想いを胸底へ転がしかかっていた次男坊であったものの、

 “…あ、”

 ふと、思い出したことがあり。とはいえ、言っていいことかどうか。何より当人が口にすべき会話だしと、素早く思い直してのこと。そんな感情の起伏なぞ、多少なりともそよがせたりはせなんだが、

 「? どしました?」

 さすがは母上。ただでさえ寡黙で表情も薄い久蔵だのに、気づくところが恐ろしい。すぐお隣りという間際から覗き込まれて、うっと言葉に詰まったのも いっとき。

 「………。」

 じいと見つめる青玻璃の眼差しには勝てぬ。黙っていても納得はすまいと観念したか、それでも…ぼしぼしぼしとの耳打ちで、何を思いついたかを白状すれば、

 「………、…………………っ。////////
 「シチさん?」

 先程の仄かな赤面なぞ比にならぬ、耳からうなじから真っ赤っ赤になってしまったおっ母様だったそうである。


  さて、ここで問題です。
(おいおい)
  七郎次さんが勘兵衛様へと“譲れないもの”に、
  一体どういう心あたりがあった久蔵殿だったのでしょうか。

   @ アジフライには醤油をかけること。
   A 勘兵衛のネクタイは必ず自分が選んで結ぶこと。
   B ベッドを整えるとき、
     二つ置く枕のどっちが左でどっちが右かを必ず確認すること。
   C その他( )


    A.全部。


  「ま、枕の位置は、だってその。
   左側が主で右側が従だというのに合わ……あ・いや、あのその。////////


   お後がよろしいようで。





  〜どさくさ・どっとはらい〜 09.03.22.


  *いつもメルフォからお言葉をいただくKさんからの、

   『いくら勘兵衛様が相手でも、これだけは譲れないものってないのかな?』

   という 美味しそうなご質問へ、
   お答えしてみよっかなと企んだ次第です。
   ちなみに、勘兵衛様に訊けば、
   顎のお髭を擦り擦りしつつ、もっと凄い答えが聞けそうです。

   「シチが譲らぬことか?
    そりゃあやはり、ぎりぎり最後まで乱れまいとし、
    唇咬んで声までこらえ、
    こちらへ縋りつこうとせぬ強情なところとか……。」

   「か、勘兵衛様っ! //////////////

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

戻る